◎平成20年5月10日
◎盛岡市玉山区薮川(岩洞活性化センター)
◆薮川地区草の根コミュニティ大学の概要について(岩手県立大学 倉原宗孝氏)
○岩手県の事業(H19〜20年)として集落の実態調査と維持再生のあり方を検討するため県立大学が委託。
○住民参加の4回のワークショップにより理念(自然との共存や相互扶助)、具体的なテーマ(山菜、芸能、観光)が共有。
○具体的な取り組みとして「御料牧場研究会」が発足。
◆薮川振興会の取り組みについて(同会事務局長 外川秀雄氏)
○人口約300人、戸数120戸、主な組織は薮川振興会、薮川地区活性化推進協議会、岩洞湖漁業組合、外山自治会、薮川自治会
○畜産26戸(短角牛140頭、和牛100頭)、野菜10戸未満(3ha)、椎茸5戸(原木5〜6万本)、行者にんにく10ha(会員20名)、そば30戸(80ha)、りんどう3戸(30ha)
○地域活性化産業として色々と考えられるが資金面や採算面を考えると新しい取り組みはきびしい。
◆外山御料牧場の経過
○明治9年に初代知事(島 帷精 シマ イセイ)が地域振興(洋種牡馬による産馬改良)のために官民有地1,414haを外山牧場とした。
○明治14年に産馬業界改革気運のなかで新発足した県産馬会社に経営委譲。しかし、内紛により経営難になる。
○明治24年に東北本線盛岡開通(23年)がきっかけで外山牧場と周辺山林が御料地として接収された。
○明治35年にフランス大統領より贈呈されたアラブ種牡馬が下賜し種付けを行う。
○牧場では毎年、優秀な仔馬5頭を宮内省上納、10数頭は繁殖馬、残り30〜40頭の2才駒を盛岡馬市で売却していた。
○大正11年に第一次世界大戦の不況下での緊縮政策のもと廃止となり、県に移管された。
○地元産業での採算性で後継者不足や子どもの教育環境から人口減少は食い止めることはきびしい
○当時、全国に3ヵ所(外山、成田市三里塚、北海道新冠)あった御料牧場の存在に驚いた。また、サラブレット馬や馬車、ハイカラなファッション文化が存在していた。
○倉原先生より「人口が減り集落がなくなってしまうかもしれないが過去の記憶や歴史を掘り起こしていくことが重要である」との印象的な意見があった。